東京高等裁判所 平成2年(ネ)2930号 判決 1991年2月27日
控訴人 平和交通株式会社
右代表者代表取締役 新井員弘
右訴訟代理人弁護士 岡田尚
同 飯田伸一
被控訴人 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 安江祐
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 控訴人は被控訴人に対し、金四八七七万七七六〇円及びこれに対する昭和五七年三月六日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人のその余の請求を棄却する。
3 右1は仮に執行することができる。
二 訴訟費用は第一、二審を通じこれを四分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
控訴棄却
第二当事者の主張
一 請求原因
1 (事故の発生)
原判決二枚目表一一行目から三枚目表二行目までのとおり。
2 (責任原因)
同三枚目四行目から六行目までのとおり。
3 (被控訴人の負った傷害)
(一) 被控訴人は本件事故により、頭部、胸部、腰部及び両下肢打撲並びに頸部、右膝関節及び左足関節捻挫等の傷害を負った。
(二) 頸椎後縦靱帯骨化症による頸髄症
被控訴人は、本件事故以前から頸椎後縦靱帯骨化症に罹患していたが、本件事故によって頸椎後縦靱帯骨化症による頸髄症が発症した。
(三) 被控訴人の右傷害は昭和六〇年三月七日をもって症状が固定した。
4 (被控訴人の後遺障害)
昭和六〇年三月七日の症状固定時期における被控訴人の後遺障害は、頸髄症による①痙性四肢不全麻痺(両下肢中等度以上で立位不可能)、②四肢体幹の知覚異常、③膀胱、直腸障害、④眼球運動調節障害による複視、耳鳴り、慢性頭痛であり、回復の見込みはない。
5 (損害)
(一) 治療費
(1) 症状固定日である昭和六〇年三月七日までの分 合計四二万六五四四円
(2) 症状固定日以後昭和六三年一一月三〇日までの分 合計二〇五万三七八〇円
(3) その後及び将来の分 八九七万〇三五二円
被控訴人は、(2)の期間経過後もそれまでと同様に機能回復訓練を受けなければならないが、少なくとも月三、四回の割合で神奈川総合リハビリテーションセンターへ通院し、頸髄障害による痙性麻痺、知覚異常に対しては筋弛緩薬、向神経性ビタミンの投与によるその軽減が必要であり、膀胱直腸障害に対してはそれに伴なう可能性のある膀胱炎、便秘症に対して抗菌剤、下剤投与の必要があり、これらの治療を将来にわたって継続しなければならない。したがって、将来の治療費としては少なくとも右(2)の治療に要した費用と同等の費用が必要である。
昭和六〇年三月八日から昭和六三年一一月三〇日までの四五か月間の治療費は、合計二〇五万三七八〇円であるから、これから一年間の平均額を求めると五四万七六七四円となる。
被控訴人は昭和一二年四月一日生まれであるから平成元年における被控訴人の平均余命は二六年であり、被控訴人はその期間中も前記のように治療費として右金額を支出しなければならない。新ホフマン方式により算出する。
(計算式) 547,674×16.379
(二) 通院交通費
(1) 症状固定日である昭和六〇年三月七日までの分 合計二二八万七一三〇円
(2) 症状固定日以降昭和六三年一二月三一日までの分 合計二四五万八六四三円
(3) その後及び将来の分 一〇五〇万五二四四円
前記のとおり、被控訴人は(2)の期間経過後もなお将来にわたって同様に通院して治療を受けなければならず、その通院交通費を要する。そして、昭和六〇年三月八日から昭和六三年一二月三一日までの四六か月間の通院交通費は、合計二四五万八六四三円であるから、これから一年間の平均額を求めると六四万一三八五円となる。
前記のとおり被控訴人の平均余命は二六年であり、被控訴人はその期間中も前記のように通院交通費として右金額を支出しなければならない。新ホフマン方式により算出する。
(計算式) 641,385×16.379
(三) 雑費 合計一三万五三〇〇円
(1) 眼鏡 一〇万六五〇〇円
(2) ステッキ 一五〇〇円
(3) コルセット 二万七三〇〇円
(四) 休業損害 二六〇九万五四三八円
控訴人は、理容業を自営していたもので、それによる収入は、昭和五六年度で八五一万七八〇三円であった。控訴人は、本件事故により症状固定日である昭和六〇年三月七日まで全く就労できず、それによる休業損害は次のとおりである。なお、各年度の収入増加率については、昭和五八年度までは賃金センサス産業計、企業規模計による全労働者の年収額を基準に算出し、昭和五九年度については右増収率の平均値とする。
(1) 昭和五七年(三月六日から一二月三一日まで) 七三四万七三八六円
(計算式) 8,517,803×1.046×301/365
(2) 昭和五八年 九一九万四七二九円
(計算式) 8,517,803×1.046×1.032
(3) 昭和五九年 九五五万三三二三円
(計算式) 9,194,729×(1.046+1.032)/2
(五) 逸失利益 一億三〇〇七万八〇四五円
被控訴人は、本件事故による前記後遺障害によりその労働能力を一〇〇パーセント喪失した。
被控訴人は前記のとおり昭和一二年四月一日生まれであり、症状固定日である昭和六〇年三月七日以降は満六七歳まで向後二〇年間就労可能である。前記昭和五九年度の収入見込額を基礎として、新ホフマン方式により算出する。
(計算式) 9,553,323×13.6160
(六) 慰謝料 合計二〇〇〇万円
(1) 入通院慰謝料 四〇〇万円
(2) 後遺障害慰謝料 一六〇〇万円
(七) 損害の填補 合計一六七〇万円
自賠責保険により一〇〇〇万円、控訴人から六七〇万円の支払いを受けた。
(八) 弁護士費用 一三二九万円
よって、被控訴人は控訴人に対し、自賠法三条に基づき、本件事故による被控訴人の損害合計二億一六三〇万〇四七六円から填補額一六七〇万円を控除した残額のうち一億七五六二万一四〇七円及びこれに対する昭和五七年三月六日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2の事実はいずれも認める。
2(一) 同3(一)の事実は不知。
(二) 同3(二)の事実中、被控訴人が本件事故当時頸椎後縦靱帯骨化症に罹患していた事実は認め、その余の事実は否認する。控訴人が頸椎後縦靭帯骨化症と診断されたのは本件事故から約二年三か月を経過した昭和五九年五月二一日であるから、控訴人の頸髄症と本件事故とは因果関係がない。むしろ、被控訴人は、昭和五八年五月ころには徒歩による通院が可能となるほど症状は軽快していたが、同年五、六月ころにかけて自宅風呂場で数回転倒し、また、同年六月中旬ころには相鉄線鶴ケ峰駅の階段で転倒し、更に同年七月初旬には右駅前横断歩道上でミニバイクと接触して転倒しており、これらの事故が頸椎後縦靱帯骨化症の発生機転ないし症状増悪に関与したものと推認される。
(三) 同3(三)日の事実は否認する。
3 同4の事実は否認する。右のとおり被控訴人の頸椎後縦靱帯骨化症による頸髄症と本件事故との間に因果関係は存しないから、被控訴人主張の後遺障害は本件事故による傷害の後遺障害ではない。
4(一) 同5(一)(1)(2)の事実中、被控訴人がその主張する金額を治療費として支払った事実は認めるが、右治療費と本件事故との因果関係は否認する。同(3)の事実中、被控訴人の生年月日は認めるが、その余の事実は否認する。なお、(1)の治療費の額は、国民健康保険本人負担分三割の金額で、同保険から支払われた金額との合計額は一四二万一八一三円であり、この他に自賠責保険から治療費として支払われた一二〇万円を加えると、(1)の期間の治療費の額は二六二万一八一三円である。
(二) 同(二)(1)(2)の事実中、被控訴人がその主張する金額を通院交通費として支払った事実は認めるが、右通院交通費と本件事故との因果関係は否認する。同(3)の事実中、被控訴人の生年月日は認め、その余の事実は否認する。
(三) 同(三)の事実は否認する。
(四) 同(四)、(五)及び(六)(1)(2)の事実はいずれも否認する。前記のとおり、本件事故と控訴人の頸髄症との間に因果関係はない。
(五) 同(七)事実は認める。
(六) 同(八)の事実は知らない。
三 抗弁
1 (頸髄症に起因する損害の控訴人の負担割合)
仮に、被控訴人の頸椎後縦靱帯骨化症による頸髄症の発症と本件事故との因果関係が認められるとしても、右頸椎後縦靱帯骨化症は被控訴人の体質的要因によるものであり、右疾病による頸髄症による損害に関しては、控訴人は、本件事故の右頸髄症の発症に対する寄与の割合の限度で責任を負担すれば足りるというべきである。
そして、被控訴人の右頸髄症の発症に対する本件事故の寄与率は四割を上回ることはない。
2 (過失相殺)
本件事故は、被害車を運転していた被控訴人が本件交差点に進入するに際して一時停止せず、駐車中のタクシー車の間から突然進出した過失により生じたものであり、石原に過失があったとしても、前記の被控訴人の過失と比すれば、その割合は一割程度に過ぎない。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は否認する。なお、不法行為においては、加害者はその損害をすべて負担すべきである。
2 抗弁2の事実は否認する。被控訴人に発進時に右方の安全確認が不十分であったという点で過失があるものの、本件事故の主因は、石原が右斜め前方の一般車両乗降場方向に気を取られ、被控訴人を発見することが大幅に遅れたことにあり、被控訴人の過失割合が二割を超えることはない。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1(事故の発生)及び同2(責任原因)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 請求原因3(被控訴人の負った傷害)について判断する。
1 《証拠省略》によれば、原判決七枚目裏七行目から一二枚目裏四行目までのとおりの事実が認められ(ただし、原判決一一枚目裏四行目末尾の次に「なお、右の障害のうち眼球運動調節障害に起因するものは頭部外傷の後遺障害である。」を加え、同一二枚目表一一行目~裏一行目の「第四、五……推認される」を「頸椎後縦靱帯骨化症に罹患していた(この事実は当事者間に争いがない。)」と改める。)、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 以上認定した事実及び後記認定の本件事故により受けた被控訴人の衝撃の強さ等を総合すると、被控訴人は本件事故以前から頸椎後縦靱帯骨化症という体質的要因を有していたが、頸椎後縦靱帯骨化症による頸髄症は本件事故を発症機転として発症し、増悪したものと認めるのが相当であり、また、前認定のその余の傷害及び以上の各傷害に起因する後遺障害も本件事故と相当因果関係があるというべきである。
3 ところで、控訴人は、被控訴人が頸椎後縦靱帯骨化症による頸髄症の診断を受けたのは本件事故の二年三か月後である昭和五九年五月二一日であるが、被控訴人は本件事故後から右診断を受けるまでの昭和五八年五月ころから七月にかけて数回転倒事故を起こしていることからすると、右の転倒事故が頸椎後縦靱帯骨化症による頸髄症の発症機転ないしその症状増悪に関与したというべきである旨主張する。被控訴人が昭和五九年五月二一日に頸椎後縦靱帯骨化症との診断を受けたことは前示のとおりであり、《証拠省略》によれば、被控訴人は、昭和五八年五月ころに自宅風呂場で、また、同年六月ころには鶴ケ峰駅階段で転倒したことが認められる(なお、被控訴人が昭和五八年七月初旬に鶴ケ峰駅前でミニバイクとの接触事故に遭遇したことを認めるに足りる証拠はない。)。しかし、右各証拠によれば、被控訴人は右各転倒で頭部を打ったことはなく、その転倒により病状が特に悪化したことはなかったことが認められるのみならず、むしろ、前掲各証拠によって認められる当時の被控訴人の状態からすれば、既に被控訴人には頸椎後縦靱帯骨化症による頸髄症の症状が発現していた可能性が大きいと解するのが合理的であるから、被控訴人の右主張は採用できない。
更に、控訴人は、被控訴人の頸椎後縦靱帯骨化症による頸髄症は頸椎後縦靱帯骨化症という被控訴人の体質的要因のみに基づくものであるから、本件事故との間に相当因果関係は存しない旨主張するが、前示のように体質的要因のみで右疾病が発症したとは到底解することができないから、右主張は採用できない。
三 請求原因4(被控訴人の後遺障害)についての当裁判所の判断は、原判決十四枚目裏三行目から九行目までのとおりであるからこれを引用する。
四 そこで、損害の判断に先立ち、抗弁1(頸髄症に起因する損害の控訴人の負担割合)について判断する。
1 前示のとおり、被控訴人の頸椎後縦靱帯骨化症による頸髄症は、その体質的要因と本件事故とが競合して発症したものである。
身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害がその加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を超えるものであって、かつ、その損害の拡大について被害者の特異な性格等の心因的要因が寄与しているときは、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、損害賠償額を定めるにつき、民法七二二条二項を類推適用して、その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を斟酌することができるというべきである(最高裁判所第一小法廷昭和六三年四月二一日判決・民集四二巻四号二四三頁参照。)。
ところで、加害者にとっては、体質的要因も、被害者に存した特異な事情であるという点において、心因的要因と変わりがないというべきである。したがって、身体に対する加害行為により生じた損害が加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を超えるものであって、かつ、その拡大に被害者の特異な疾病等の体質的要因が寄与している場合にも、その損害のすべてを加害行為によるものとして加害者に負担させることは、不法行為責任における損害の公平な負担という観点からみて相当ではないというべきである。以上によれば、右のように被害者の特異な体質的要因が損害の拡大に寄与している場合にも、心因的要因の場合と同様に、過失相殺に関する民法七二二条二項を類推適用して、その事情を斟酌することができ、かつ、斟酌するべきであると解するのが相当である。
2 そして、本件事故による被控訴人の受傷の部位、程度、頸椎後縦靱帯骨化症による頸髄症の発症の経緯等を総合勘案すれば、被控訴人の右頸髄症の発症に対する本件事故の寄与の割合は六割(したがって、体質的要因の寄与の割合は四割となる。)をもって相当と認める。
五 請求原因5(一)ないし(六)(損害)について判断する。
1 請求原因5(一)の治療費について
(一) 症状固定日である昭和六〇年三月七日までの治療費
被控訴人が右期間中の治療費として自己負担により支払った金額が四二万六五四四円であることは当事者間に争いがなく、また、右期間中の治療費としては、右の外国民健康保険から九九万五二五九円及び自賠責保険から一二〇万円がそれぞれ支払われ、同期間中の治療費合計額が二六二万一八一三円であることは控訴人が自認するところである。
ところで、本件事故の頸椎後縦靱帯骨化症による頸髄症に対する寄与率は六割であるから、被控訴人の右期間の治療費のうち控訴人が賠償責任を負うべき金額を算出するには、本来、右疾病に対する治療費とその余の疾病に対する治療費とを区別し、前者についてのみ寄与率に相応する分まで減額するべきである。しかし、被控訴人の治療費は、その一部には国際親善病院における治療のようにその診断内容から頭部外傷による障害に対するものとして行われたものと認めることができるものが存するものの、前認定のとおり、被控訴人には右頸髄症の診断前から同疾病の症状が発現していたと認めるのが相当であるから、右頸髄症との診断前の治療も結果的には同病に対する治療としての側面を有するものと解されるし、また、《証拠省略》によれば、右頸髄症の症状と頸椎捻挫の後遺障害とは明確には区別をし難いことが認められるから、右診断後にされた治療が主としては頸髄症に対するものとして行われたとしても、そのすべてが同疾病に対するものとしてではなく、右頸椎捻挫の後遺障害に対する治療としての側面を有するものと解される。右によれば、被控訴人の右期間の治療の全体について、その治療を右頸髄症に対するものとそれ以外の疾病に対するものとに区別することは困難であるといわなければならない。したがって、右期間の治療費のうち控訴人が賠償責任を負うべき分については、右頸髄症に対する本件事故の寄与率の外に諸般の事情を考慮して、その割合を定めるのが相当である。そして、右諸事情を考慮すると、右期間中の治療費のうちその七割である一八三万五二六九円が被控訴人が賠償責任を負うべき損害であると認める。
(二) 症状固定日以後昭和六三年一一月三〇日までの治療費
右期間中に被控訴人が合計二〇五万三七八〇円の治療費を要したことは当事者間に争いがない。
ところで、右期間中における治療費は、右(一)のように頸髄症の症状と頸椎捻挫の後遺障害とは明確には区別をし難いことを考慮しても、《証拠省略》によれば、その治療の必要性は頸椎後縦靱帯骨化症による頸髄症に対するものであることが認められるので、右金額を本件事故の右頸髄症に対する寄与率に相応する六割に減額した一二三万二二六八円をもって、控訴人が賠償責任を負うべき損害であると認める。
(三) その後及び将来の治療費
前記二1において認定した事実によれば、被控訴人は頸椎後縦靱帯骨化症による頸髄症の治療として右(二)の期間後も通院治療を受けており、かつ、将来にわたって同様の治療を受ける必要があるところ、弁論の全趣旨によれば、それには少なくとも右(二)の期間中の実際に要した治療費と同額の費用を要するものと認められ、右認定に反する証拠はない。
被控訴人は昭和一二年四月一日生まれで(この事実は当事者間に争いがない。)、昭和六三年一二月現在五一歳であるから、その平均余命は二七年であり、右(二)の実際に要した治療費額二〇五万三七八〇円を基礎として年間平均治療費を求めると、その額は五四万七六七四円となるから、ライプニッツ方式により算出すると(係数一四・六四三)、八〇一万九五九〇円である。そして、右金額を本件事故の右頸髄症に対する寄与率に相応する六割に減額した四八一万一七五四円をもって控訴人が賠償責任を負うべき損害であると認める。
2 同(二)の通院交通費について
(一) 症状固定日である昭和六〇年三月七日までの通院交通費
右期間中に被控訴人が通院交通費として二二八万七一三〇円を要したことは当事者間に争いがない。
そこで、右1(一)の事情を考慮すると、右金額の七割である一六〇万〇九九一円をもって控訴人が賠償責任を負うべき損害であると認める。
(二) 症状固定日以後昭和六三年一二月三一日までの通院交通費
右期間中に被控訴人が合計二四五万八六四三円の通院交通費を要したことは当事者間に争いがない。
そこで、右1(二)の事情を考慮すると、右金額の六割である一四七万五一八五円をもって控訴人が賠償責任を負うべき損害であると認める。
(三) その後及び将来の通院交通費
右1(三)で認定したとおり、被控訴人は頸椎後縦靱帯骨化症による頸髄症の治療のため右(二)の期間後も通院治療を受け、かつ、将来にわたって同様の治療を受ける必要があるところ、弁論の全趣旨によれば、それには少なくとも右(二)の期間中に実際に要した通院交通費と同額の費用を要するものと認められ、右認定に反する証拠はない。
そこで、右(二)の期間中に実際に要した通院交通費を基礎に年間平均通院交通費を求めると、その額は六四万一三八五円となるから、被控訴人の平均余命二七年を前提に、ライプニッツ方式により算出すると(係数一四・六四三)、九三九万一八〇〇円である。そして、右金額を本件事故の右頸髄症に対する寄与率に相応する六割に減額した五六三万五〇八〇円をもって控訴人が賠償責任を負うべき損害であると認める。
3 同(三)の雑費について
(一) 《証拠省略》によれば、被控訴人は、医師の勧めを受け、昭和五八年一二月ころ眼鏡を一〇万六五〇〇円で購入し、昭和五九年三月ころには、歩行練習のためステッキを金一五〇〇円及び姿勢保持のためにコルセットを二万七三〇〇円でそれぞれ購入したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
(二) ところで、右コルセットについては、前記認定の被控訴人の受傷の内容、当時の症状にその購入時期及び使用目的を総合すると頸椎後縦靱帯骨化症による頸髄症の症状に対応するために購入したものと解するのが相当である。そして、先に判示のとおり、本件事故の同疾病の発症に対する寄与率は六割であるから、コルセットの購入代金のうちその六割である金一万六三八〇円をもって控訴人が賠償責任を負うべき損害であると認めるのが相当である。
右によれば、右眼鏡等の購入代金のうち、合計一二万四三八〇円が控訴人が賠償責任を負うべき損害である。
4 同(四)の休業損害について
(一) 《証拠省略》によれば、被控訴人は、本件事故当時、自宅で理容店を営業していたが、本件事故による受傷のため、昭和五七年三月六日から症状が固定した昭和六〇年三月七日までの一〇九八日間休業せざるを得なかったことが認められ、右認定に反する証拠はない。
また、《証拠省略》によれば、被控訴人の昭和五六年における年収は八五一万七八〇三円であることが認められ、右認定に反する証拠はない。したがって、右年収額を基礎として、右期間における休業損害は二五六二万三四一八円である。
(二) ところで、前認定のとおり、被控訴人は、昭和五八年九月一四日に横浜桐峰会病院において症状固定の診断を受けたが、その時点において頸椎後縦靱帯骨化症による頸髄症以外の症状は固定したものと解するのが相当であり、したがって、被控訴人の同日から最終的に症状固定の診断を受けた昭和六〇年三月七日までの間の休業の原因は主として右頸髄症にあると解されるが、被控訴人は頭部外傷による眼球運動調節障害による後遺障害等の右頸髄症以外の疾病によっても就労することが相当程度困難であったと認められる。右によれば、本件事故の右頸髄症に対する寄与率は六割であるが、被控訴人の全休業期間についてみれば、右(一)の休業損害の七割である一七九三万六三九二円をもって控訴人が賠償責任を負うべき損害であると認めるのが相当である。
5 同(五)の逸失利益について
(一) 被控訴人が前認定の後遺障害により、その労働能力を一〇〇パーセント喪失したことは、前認定のとおりであり、その喪失期間は、症状固定時の被控訴人の年齢が四七歳であるから二〇年間と認めるのが相当である。
そこで、前記の被控訴人の年収を基礎として、ライプニッツ方式により算出すると(係数一二・四六二)、一億〇六一四万八八六〇円である。
(二) ところで、先に判示のとおり、後遺障害のうち頸椎後縦靱帯骨化症に基づく頸髄症に対する本件事故の寄与率は六割であるから、右頸髄症に起因する後遺障害についてはその割合によるべきであるが、後遺障害のうち眼球運動調節障害に起因する複視、耳鳴り、慢性頭痛は頭部外傷によるものであり、被控訴人がそれによっても相当程度労働能力を喪失しているものと認められることなどの事情を総合すると、右の逸失利益のうちその七割である七四三〇万四二〇二円をもって控訴人が賠償責任を負うべき損害であると認めるのが相当である。
6 同(六)の慰謝料について
(一) 入通院慰謝料
被控訴人の傷害の程度、長期にわたる入通院の期間、その間二度にわたり手術を受けたこと等の諸事情を考慮し、他方、頸椎後縦靱帯骨化症による頸髄症の本件事故に対する寄与率等を総合勘案すると金三〇〇万円をもって相当と認められる。
(二) 後遺障害慰謝料
被控訴人の後遺障害の程度は介護がなければ日常生活も全うできない程に重篤であって、将来にわたり治療を受けなければならないこと等の諸事情を考慮し、他方、頸椎後縦靱帯骨化症による頸髄症の本件事故に対する寄与率等を総合勘案すると金一〇〇〇万円をもって相当と認められる。
7 合計額
右1ないし6の合計額は金一億二一九五万五五二一円である。
六 そこで、抗弁2(過失相殺)について判断する。
1 《証拠省略》によれば、原判決四枚目裏七行目から六枚目裏五行目までのとおりの事実が認められ(ただし、同四枚目裏七行目の「別紙図面」を「原判決添付別紙図面(以下同じ。)」と改める。)、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 右認定の事実によれば、石原には、駐車中のタクシー車のために見通しの悪い本件交差点を直進するに際して、徐行せず、左方の安全の確認を怠った過失があり、また、被控訴人には、同様に見通しの悪い本件交差点を直進するに際して、発進するに当たり、右方の安全確認を怠った過失があるというべきである。そして、右認定の石原及び被控訴人双方の過失の割合は、前示の諸般の事情を考慮すると、それぞれ五割と認めるのが相当である。
そこで、前記五7の合計額からその五割を減額すると金六〇九七万七七六〇円である。
七 請求原因5(七)の損害の填補額について
損害の填補額が一六七〇万円であることは当事者間に争いがない。
八 同(八)の弁護士費用について
本件訴訟の経過等の諸般の事情を考慮すると、金四五〇万円と認めるのが相当である。
九 以上によれば、控訴人の本訴請求は、金四八七七万七七六〇円及びこれに対する不法行為の日である昭和五七年三月六日から支払い済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由がある。したがって、これと異なり右限度を超えて被控訴人の請求を認容した原判決は一部不当であるから、民訴法三八四条、三八六条により、主文第一項1ないし3のとおり変更する(仮執行宣言につき同法一九六条適用。)。
訴訟費用の負担につき、同法九六条、九二条、八九条適用。
(裁判長裁判官 武藤春光 裁判官 伊藤博 吉原耕平)